Interviews Vol.07 鈴木マサルさん
テキスタイルデザイナーが描く
招き猫の世界
テキスタイルデザイナーとして第一線で活躍する鈴木マサルさん。2025年1月に発表された中外陶園とのコラボレーションは、招き猫の世界に新たな風を吹き込む斬新なものでした。「SETOMANEKI」は鮮やかな色で表現した猫の毛柄を纏い、「wellcat」は表と裏という概念を解き放ち、平面のデザインを立体に昇華させることで、招き猫の新たな魅力を引き出しました。今回、2つの招き猫の制作秘話を紐解くとともに、2025年1月9日からスタートした展覧会の見どころについてうかがいました。
さまざまな制約の中から導いた+αのデザイン
―今回、中外陶園とは初めてのコラボレーションとなりましたが、最初はどのようなオファーだったのでしょうか?
鈴木さん(以下、鈴木) 僕とSTUDIO 894のキュレーターを務める塚本太朗さんは、20年来のお付き合いなんです。その塚本さんから「立体作品を作りませんか?」とお話をいただきました。それと同時に、プロダクトデザイナーの清水久和さんが手がけた「SETOMANEKI」に、柄(パターン)を入れてほしいという依頼もありました。僕は、以前から清水さんのデザインが好きだったので、ぜひお受けしたいと伝えました。
―「SETOMANEKI」の柄の制作では、さまざまな制約があったとお聞きしました。それはどのようなものだったのでしょうか?
鈴木 まず「SETOMANEKI」がプロダクトとして完璧なデザインでした。だから、そのよさを損なわず、かつ量産できるものがいいと考え、転写シートで装飾することにしたんです。ところが、形状的にシートが貼れない部分があり、最終的にデザインを分割するといった対応が必要でした。自分でもよくできたなと思うくらい、ひとつひとつの制約をクリアしていくのは難しいものがありました。
―それで生まれたのが、グリーンのトラ柄、レッドの三毛柄、ブルーのサバ柄ですね。こちらは猫の毛柄をイメージしたとお聞きしています。
鈴木 そうですね。この完璧なフォルムに意味のない柄は合わないと思い、猫にまつわる柄にしようと思ったんです。それでいろいろ調べていくと、猫は毛色や柄によって性格が異なるという説を見つけました。たとえば、サバトラは警戒心が強いとか、茶トラは人懐っこいとか。これは面白いと思って、今回は猫の毛色や柄をテーマにデザインしました。実は、使用した転写シートはシルクスクリーンで作られているのですが、これはテキスタイルでも使われる技術です。そこで僕がよく使う、色を重ねる手法で柄の濃淡を表現しました。あくまでも僕のイメージなので、皆さんには猫の毛色や柄に左右されず、好きな色や柄で選んでいただけると嬉しいですね。
―デザインする上で、譲れないポイントはありましたか?
鈴木 さまざまな制約がある中で、デザインのバランスをとりながら、柄を配置することでした。たとえば、サバ柄の展開図は少しアーチ状になっているのですが、これは体の曲面の角度を何度も検証して導いたものです。大きさや貼る位置によっても微妙に異なるので、それを調整していく難しさがありました。
表裏の両面で福を呼ぶ、新たな招き猫の誕生
―「SETOMANEKI」の制作を経て、オリジナル招き猫「wellcat」が誕生したとお聞きしました。こちらは表裏で使える、かなり斬新なフォルムですね。
鈴木 そうですね。僕は以前からテキスタイルデザインの延長として、平面のデザインを活かした陶器の立体作品を作っています。今回も柄の入れやすさを最優先に、紙でペタンコな状態の招き猫の模型を作ってみたんです。そこで、ふと、これは裏表両方が使えるのでは?と気づき、中外陶園に提案しました。
―中外陶園にお聞きしたら、実はシンプルな形ほど難しいそうですね。特に平らな面は焼くと凹んでしまうので、原型の段階で少し膨らませているとか。
鈴木 僕もシンプルな形だから簡単に作れるだろうと安易に考えていました(笑)。両面に貼る転写シートも平らだから貼りやすいと思ったのですが、形がシンプルなので少しでもずれると目立つらしくて……。そこは僕の大きな勘違いでした。でも、何度もサイズや歪みを調整してもらい、最終的に僕がイメージしていたシャープな形に仕上げてもらいました。
―「wellcat」の柄にはどのような意味を込めていますか?
鈴木 招き猫には、掲げている右手がお金、左手が人を招くという意味があります。そこで、「wellcat」はいいものは何でも招く最強な招き猫にしようと思いました。「welgood」は右手側に「幸運」を意味する「good luck」、左手側に「ようこそ」を意味する「welcome」という言葉をあしらっています。「mugiwaraamime」は、右手側にまっすぐ上に伸びる様子が縁起いいといわれる「麦藁手文様」、左手側に豊作豊漁を意味する「網目文様」を入れました。そして、「lovepeace」には右手側に愛を象徴する「ハート」、左手側に平和を象徴する「四つ葉のクローバー」を纏わせました。それぞれプラスの要素で、かつ表裏面で少し意味が変わる絵柄を意識しました。
―招き猫を作ることについてはどう思いましたか?
鈴木 海外にも縁起物はありますが、日本では着物の柄にも縁起物があるなど、独特な文化だなと思ってきました。だから、以前から縁起物には興味がありましたし、不思議と中外陶園の工房を見学すると、招き猫に挑戦したくなるんです(笑)。また、僕のテキスタイルはアートではなくデザインなので、基本的に人とどう関わるか、今の暮らしにどう取り入れるかを目指していて、それは招き猫も同じなのかなと思いました。
平面と立体。呉須で描く陶の魅力
―STUDIO 894で開催中の展覧会、鈴木マサル「CERAMIC ART EXHIBITION -平面と立体の境界-」では、「wellcat」のほか、呉須で描いたタイル作品も展示されています。どのようなきっかけで描くことになったのですか?
鈴木 中外陶園の職人の皆さんの技術を目の当たりにし、そのすごさに驚きました。土産物店で売られている小さな招き猫も、職人がひとつひとつ手描きしているそうなんです。その技術が受け継がれていることは本当に素晴らしいことで、それで僕も描いてみたいと思いました。
―実際に描いてみて、テキスタイルとどのような違いを感じましたか?
鈴木 僕は普段からテキスタイルの柄は手描きしています。だから、描くことに抵抗は全くなかったのですが、それでも今回の呉須は難しくて、何度も失敗しました。呉須はファーストタッチが命なんです。その後にいくら重ね塗りをしても、最初のタッチが浮き上がってしまう。そこで、美しいタッチをダイレクトに表現するため、マスキングテープを使うことにしました。これなら呉須の溜まりも気にせず、美しい線が表現できます。あと化繊の筆を使ったことで想定した色がでず、動物の毛の筆に変えてやり直しさせてもらいました。
―窯で焼く前と後では、表現が全く違ってくるということですね。
鈴木 そうですね。特に今回の展覧会では、空間の中でのタイルの可能性を示したかったこともあって、32枚のタイルを組み合わせた畳1枚サイズの作品も描きました。ほかにも、展示台に敷く200枚近いタイルも1枚1枚塗っています。
―会場では、呉須で描いたA2サイズの作品や「wellcat」のほか、陶板も初展示されているので、見どころ満載ですね。
鈴木 混沌としていますよね(笑)。今回、招き猫や染付タイルの制作に携わり、陶の世界に手痕が強く残る素朴さを感じました。それはテキスタイルと共通している点もありますが、体感的にはずいぶん異なるもので、指先から直に伝わる感覚がとても心地よかったんですよね。それもあって、今回の展覧会では、普段あまり公開しない制作過程なども展示し、会場全体に手痕を感じられるように工夫しました。
招き猫が気分を高め、心に寄り添う存在へ
―鈴木さんというと動物をモチーフにした作品が思い浮かびますが、今回は植物をモチーフにした作品が多いですね。
鈴木 花柄はテキスタイルの王道なので、これまでは避けていたところがあります。でも、最近は花もいいなと思うようになったんです。たとえば、「wellcat」に柄がなくても招き猫として存在しますが、そこにハートやクローバーがあったら楽しい気持ちになりますよね。花もそれに近い存在だと思うし、装飾は僕の仕事の本質でもあるのかなと思っています。あとは動物をモチーフとしたデザインがあまりにも増えたので、逆に花柄が新鮮に思えたのもありますね(笑)。
―今回のコラボレーションは招き猫でしたが、今後、どんな作品を作ってみたいですか?
鈴木 僕は、今まで服用のテキスタイルを積極的にやってこなかったのですが、それは僕のテキスタイルを気に入っても、服のデザインやサイズが合わなければ選んでもらえないからです。そういう難しさがあるので、あまり形が変わらない傘や靴下などの定番アイテムに柄を入れてきました。だから、今回の「SETOMANEKI」のように、すでにある干支や雛人形などの柄をデザインしてみたいかな。
―最後に、「SETOMANEKI」や「wellcat」がどんな存在になったらいいと思いますか?
鈴木 縁起物は心の拠り所になると思うんです。今回の招き猫が、皆さんの生活に安らぎを与える存在になったら嬉しいですね。
鈴木マサル
2004年からファブリックブランド「OTTAIPNU(オッタイピイヌ)」を主催。色鮮やかなプリントファブリックを中心に生地本来が持つ魅力にあふれたコレクションを展開。自身のブランド以外にも、「マリメッコ」「カンペール」「ユニクロ」など、国内外のさまざまなブランドからテキスタイルプロダクトを発表。テキスタイル以外にも家具や建築空間、グラフィックなど多様なシーンに向け、パターンデザインや自身のテキスタイルを軸にしたデザインを展開している。東京造形大学造形学部デザイン学科 教授
鈴木マサル オフィシャルサイト
https://masarusuzuki.com/
コラボレーション商品はこちらから
中外陶園オンラインストア
※2025年1月12日(日)にSTUDIO 894で開催いたしましたトークイベントの配信アーカイブをご覧いただけます。こちらもぜひお楽しみください。(ご視聴はこちらから)